Ads by Google
新しい記事を書く事で広告が消せます。
祖母が行っていた痩身法を即実行
祖母の経歴は波乱に満ちていました。
大分県出身で、軍人の妻となり五人の子を産み育てました。夫を戦病死で亡くし、陸軍士官学校を出た長男を沖縄戦で亡くし、戦後の混乱期に残った子供たちを女手一つで育て上げました。
東京に出てきたのは、多分昭和三十年前後だと思います。私の知る頃には、ある大手服飾メーカーのプレタポルテを手がける下請けにまでなっていたのです。
縫製の仕事の現役を退いたのは八十前後ではないかと思います。
その祖母の生活を私の知る限り述べてみたいと思います。多分、ダイエットを試みる方の参考になると思います。
朝は、起きると同時に晴れた日は散歩、そして柔軟体操(この体操は、自分であみ出したものだったようです。)を欠かしませんでした。
食事は、腹八分を心がけて食べていました。
夜寝る前にも自分で工夫した体操を欠かしませんでした。昼間は仕事の差配をし、自分でも針を持っていました。
とにかく気丈夫で、亡くなるまで今で言う「認知症」など関係ないといった状況でした。
多分昭和五十年以降に千葉に移り住みましたが、移り住んでからも、庭で野菜を作ったりして昼間は良く動き、相変わらず生活習慣は変わりませんでした。
特に偉いと思ったことは、食事も若い人と同じものを量は少なかったのかもしれませんが、何の文句も言わずに食べていたことです。
でも、多少の好き嫌いはあったようです。豚肉が嫌いといっていたと家人が申しておりました。
そして、88歳になったある夏の日に、玄関先で倒れて一週間もせずに他界しました。
祖母の口癖ですが、
「成せばなる 成さねば成らぬ 何事も 成らぬは己が 成さぬなりけり」
の言葉に、私に対しては、九州弁で「太ると病気になるけん、気をつけんといかんよ。」と言っていたような、気がします。
私が今回危機感を感じ減量に成功できたのも、この言葉を信じて実行・継続した結果だと思っています。
祖母が行っていた健康法は、私が読んだ「肥満に関する書籍」、「脳と身体の仕組み」、「栄養学」、「食事法」などにも合致したものでした。
だから、即実行・継続してみました。
この続きは、次回に致します。
このダイエット法をまとめた、
無料レポートを、出しています。
テーマ:私は、メタボリック・シンドロームをこうして克服した。 - ジャンル:ヘルス・ダイエット
コメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
コメントの投稿
トラックバック
http://takaradasousin.blog106.fc2.com/tb.php/3-523390b6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
